関東大震災は、1923年9月1日に関東地方を襲った大規模な災害です。地震による倒壊や火災だけでなく、避難生活で発生しうる伝染病という脅威も存在しました。この記事では、関東大震災での伝染病との戦いについてご紹介します。
関東大震災とは?
関東大震災では、1923年9月1日に発生したマグニチュード7.9の大地震で、東京や神奈川などの関東地方を中心に甚大な被害をもたらしました。この地震により、約13万5千人が死亡しました。
東京で大きな被害があったため、関東大震災といえば東京のイメージが強いかもしれませんが震源地は相模湾北西部です。
関東大震災直後の医療体制不足
関東大震災の直後は医療体制はまったく不十分な状態でした。病院の建物自体も被災しましたし、関東に住んでいる医療従事者自身が被災者なのです。まずは応急処置をするので手一杯でした。地震の翌日以降はこの事態のために全国から救護隊がかけつけました。23区には警察や日本赤十字が中心になって救護班が編成されました。この救護班の人々が負傷した人々の手当てに当たりました。
しかし、震災直後は人手も物資も足りず医療が間に合わない状態でした。多くの病院の建物がが被災していましたし、そもそも病院が完全に機能したとしても、震災で負傷した人の数はあまりに膨大で、収容しきれる人数を超えていました。学校や公園などに医療救護用のテントやバラックが作られ、治療が行われました。
救護所を作るのも一苦労だったようです。震災当日は、地震直後に救護用のテントを張っても、その後に火災が広がり移転を余儀なくされる場合がありました。また、上野では建設中だった上野公園池之端の外国館に救護所を設置する許可を得ましたが、そこではすでに被災して家を失った人などが避難してきている状態でした。避難してきた人にやむなく立ち退いてもらってようやく救護所を開設することができたのでした。
関東大震災で行われた伝染病対策とは?
震災直後の医療は家屋の倒壊でけがをした人や、震災で発生した大火災で火傷を負った人など、負傷者の治療がメインでした。しかし、9月中旬頃から、警視庁は負傷者の手当てだけではなく「伝染病の蔓延」を想定しての体制に転換していきました。伝染病者を隔離する専用のテントを設置したり、また、防疫を考慮した診療班が115か所建てられ、衛生管理にあたりました。
9月中旬と言えば、まだ町の復興も充分ではない頃だというのは想像できます。そのころから、すでに伝染病の対策のために動き始めていたというのは、伝染病に対するかなりの危機感の高さがうかがえます。震災後はしばらく集団生活が続くだろうということは当初から予想されており、大規模に広まってしまうと多くの犠牲が出ることが予想されていました。こうやって、早めに対策を立てることが大切なのですね。
伝染病を食い止めるために、日本赤十字社も活躍しました。日本赤十字は本社が残してほとんど全焼した中、本社の中央病院と東神奈川病院に伝染病院を付設、須崎と板橋の2カ所に臨時伝染病院を建て、患者を収容しました。これは既にまん延する兆候が見られた赤痢や腸チフス等の感染症が爆発的に拡大することを未然に防ぐためでした。
また、日本赤十字社では伝染病に関する注意喚起のビラ、「悪疫予防心得書」を作成し30万枚を配布しました
「悪疫予防心得書」には以下のように書いてあります。
悪疫予防心得書
一、水道水のほか生水を飲まぬこと
一、飲み水は必ず煮沸すること
一、腐れかかったもの、未熟の果物不消化のものは食わぬこと
一、大小便は必ず便所にすること
一、食事の前には必ず手を洗うこと
一、熱、下痢、嘔吐のあるものはすぐ医師あるいは救護班にゆくこと
現在のように情報網が行き届いていない時代にはこうやってビラをまいて注意喚起を行っていたんですね。
新型コロナウィルス流行の時もCMやニュースで感染防止対策についての注意がされていましたね。医療体制を整備するだけではなく、一人一人が感染防止のための行動をとることが大事だというのは、今も昔も変わりません。
それでも起きてしまった流行
その後、赤痢2500人、腸チフス3300人、その他合わせて8000人ほどが伝染病で亡くなりました。前年の伝染病での死者が4000人ほどだったので、これは2倍近い死者が出たということになります。
ただ、未曽有の大災害であった関東大震災の直後であることを考えると、当初は何万人もの伝染病患者が発生することが予想されたなかで、伝染病の蔓延をかなり食い止めることができた、と評価されているようです。もちろん、伝染病で亡くなられた方もたくさんいるのではありますが、それ以上の死者を抑えることができたのは様々な方々の尽力のおかげですね。
災害自体よりも、その後の環境悪化で多くの死者が出たという災害は世界中で多くあります。関東大震災で大規模感染が発生しなかったのは、早めの対策があったからこそなのでしょう。
関東大震災から100年、そして大規模な感染症の流行を経験した2023年。今年は、先人の努力を知っておくのにちょうどいい機会だと言えますね。